女優オードリー・ヘプバーンの妖精のような魅力とは

【女優オードリー・ヘプバーンの妖精のような魅力とは】

おはようございます
1950年代のハリウッドでは
マリリン・モンローや
エリザベス・テーラーに代表される
セクシーな女優で人気でした

そこに突如登場した
オードリー・ヘップバーン
グラマーとは正反対でスリムなボディと

妖精のような魅力で映画界に
独自の地位を築きました

細い体にフィットした
クルーネックセーター
丈の短いパンツとフラットシューズ

オードリーが身につけたら
ヒットアイテムに
前髪は短く、サイドはカールにした

ヘプバーンカットと、スタイルも含め
ファションアイコンとしてトレンドの
発信源となりました

女優としてはまだ、無名だった
オードリー・ヘップバーンが

ハリウッドデビュー作「ローマの休日」で
いきなりの、アカデミー賞の主演女優賞

ハリウッド映画史上
オスカー史上稀にみる快挙でした

ローマの街で恋と友情を
紡ぐ王女の揺れ動く心を
感情を駆使して演じきりました

人物の感情に自分の感情を
重ね合わせ天性の才能によって
新しいファンを発掘しました

装飾を抑えたシンプルな
服の着こなしでオシヤレで
繰り返し見ても飽きない
オードリーの映画とファッションです

幼い頃に両親は離婚を経験し
辛い思い出の裏返しで
家庭を大切にしました

1954年に結婚し
スイスに住み仕事場である
ハリウッドを頻繁に往復

どんなに多忙でも夫婦の時間を
大切にしました

1960年に長男が誕生しましたが
離婚。その後再婚してからは
ローマに移住しました。

オードリーはユニセフの活動に
貢献したいと願っていました

1989年に正式にユニセフ
親善大使に任命され
その前からエチオピアなど

紛争地域で餓死と
病気で苦しむ幼い子と
面会などをしていました

1993年 63歳という若さで
この世を去りました

数々の名作に出演した
オードリーですがその死後
四世紀が経とうとしている今もなお

世代を超えた人々から
愛される女優として
彼女の魅力と偉大さは今もなお
語られています

オードリーの名言・格言の1部です

わたしにとって最高の勝利は
ありのままで生きられる
ようになったこと
自分と他人の欠点を
受け入れられるようになったことです

控え目であるためには
その前になにかに立ち
向かうことが必要です

いばる男の人って
要するにまだ一流でないって
ことなのよ

わたしの最大の願望は
いわゆるキャリアウーマンにならずに
キャリアを築くことです。

チャンスなんて
そうたびたびめぐって
くるものではないわ
だから、いざめぐってきたら
とにかく自分のものにすることよ

死を前にしたとき
みじめな気持ちで人生を
振り返らなくてはならないとしたら
いやな出来事や逃したチャンス
やり残したことばかりを
思い出すとしたら
それはとても不幸なことだと思うの

どんな人でも、不安がきれいに
消えるということはないと思うの
成功すればするほど
自信は揺らぐものだと思うこともある。
考えてみれば、おそろしいことね

いわゆる天賦の才に
恵まれていると思ったことはないわ
仕事を心から愛して最善を尽くしただけよ

バレリーナの基本ルール 
不平を漏らさない
疲れを顔に出さない
舞台の前夜は遊びに出かけない
ソ二アは、本気で努力すれば
かならず成功することを教えてくれたわ
それに、すべては内面から
湧き出なくてはならないということもね

どんな日であれ
その日をとことん楽しむこと
ありのままの一日
ありのままの人々。
過去は、現在に感謝すべきだということを
わたしに教えてくれたような気がします
未来を心配してばかりいたら
現在を思うさま楽しむゆとりが
奪われてしまうわ

成功は誕生日みたいなもの
待ちに待った誕生日がきても
自分はなにも変わらないでしょ

わたしはあまり多くを
期待する人間ではないの
だからかしら、わたしは
わたしが知るなかで
誰よりも恨みつらみと無縁の人間よ

もちろん、わたしたちは
すべてを失いました
家も、持ち物も、お金も
でも、少しも悲しくは
ありませんでした
家族全員が無事に生きている
そのことが何よりも
ありがたかったのです

素晴らしい格言・名言ばかりです

これからでも遅くない!人生卒業なし!