Mr・ラクビー 平尾誠二さんの男の生きざま まとめ

【この世を去った ミスターラクビー 平尾誠二】

おはようございます
今日は、ミスターラクビーの
平尾誠二氏についてです

昭和38年1月21日京都市生まれ
現役時代のポジションはCTB、SO
日本代表選手・日本代表監督

神戸製鋼コベルコスティーラーズ
総監督兼任

ゼネラルマネージャーなどを歴任して
ミスター・ラクビーと
呼ばれていました

2016年に53歳の若さで亡くなりました
神戸製鋼、日本代表で共にピッチに立ち
その後、選手と指導者として活躍しました

高校は主将として伏見工高を花園初優勝
テレビドラマ「スクールウォーズ」のモデル

天才とまで呼ばれました
華麗なステップと柔軟で鋭い判断力で
ゲームを作る能力がスバ抜けて良かった

相手の嫌がる事を徹底的にする
今でいうAI仕込みのラクビーサイボーグ
正確で計算し尽されたプレーでした

大学は同支社大で1年から主力メンバーとなり
2年から大学選手権3連覇

社会人では神戸製鋼
日本代表でスーパースターとして
活躍しました

熱い人で泥臭く、ミスはしてもいいが
考えずにプレーする事が嫌い

精密な思考と冷静な判断力と
世界レベルの高いスキルと熱い情熱
誰もが絶対的なリーダーと認めた存在

88年から全国社会人大会7連覇
卓越したゲームメークでプレーヤーでした

19歳4か月という当時の
最年少記録で日本代表入りして
通算35キャップ

2つ、3つ先を読む以上にもっと
先が読める判断力
スピードもものすごく早い

ワールドカップには第一回から
3大会出場し、第4回大会は
監督しいて采配した

現役引退後は、指導者として神戸製鋼
1995年末に日本ラクビー協会が
代表監督をオファー

1996年に平尾ジャパンを発足
土台作りから初めて
練習内容は相当厳しかった

ハードワークとデータ(分析)を駆使し強化

世界を意識したラクビー
今あるものを壊して
新しいものにチャレンジ

「創造的破壊」

日本代表でも手腕を発揮しました

2016年10月に胆管細胞癌で
この世を去りました

ワールドカップを待たずに
ノーサイドになりました

これからでも遅くない!人生に卒業なし!